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「國體護持と教育再生」 決起集会 (第一部 2/2) [草莽崛起]

(つづき)

雇用問題、色々と噴出しています。
政府や会社を糾弾する目的で、労働者の声が大きく報道されています。
しかし、労働者の労働に対する意識に問題はないのでしょうか?
戦後の教育制度、権利意識や構造が、道徳や倫理観にそっているといえるでしょうか。

「働く(はたらく)」 とは、傍(はた)を楽(らく)にするという意味もあるはずです。
キリスト教圏の考えでは、「労働は罰」 と捉えているかもしれません。
ところが、神道では、「労働は喜び」 です
基本的に、「勤労精神」という意識があるからです。
そういう意識が政府になければ、国民がついてこないのは当たり前です。
働くことが、辛い事、苦しいこと、イヤなことだという意識があれば、
「こらえ性がない」 ことになります。
傍(はた=まわり)を楽(らく=助けている)にすることを 「喜び」 と考える心。
そういう意識で社会がなり立っていれば、労働は喜びとなるはずです。
そういう我が国の心のありかたは、神代の昔から連綿と引き継がれてあったはずです。
人は罪深い存在だから、罰として労働をするというキリスト教的考えから脱しなければなりません。

「大日本国憲法」 とは、どういう憲法でしょうか?
神代の昔から国家のカタチとしてあったもの、積み重ねてきたものを文章化したものです。
近代国家の憲法として、形式を整えるのにワイマール憲法を参考にしたとしても、
我が国のありかた。心を。成文法として存在している成文憲法です。
開国、近代化するにあたり、天皇が国民に押し付けた憲法ではありません。
大日本帝国憲法における 「国家の前提」 とは、

皆で協力して、皆で国を良くしていこうという精神 です。

今、漠然とした不安を抱える人が増えているのではないでしょうか?
なぜでしょうか。
日本国民が不安を抱く理由。
それは、隣りに住む人がどんな人か分からないという不安でもあります。
「個人の自由を重んじる教育」 が人との繋がりを薄くしているのだと思います。
隣りに住む人が何をしているか分からない。
犯罪者かもしれない。いつ殺されるかも知れないという不安もあります。
「公」 を置き去りにして、「個」 が大事する教育がされているからです。
義務や責任よりも、自由や権利を主張する教育がされているからです。
「公」 教育の腐敗は、社会の最小単位である 「家族」 の腐敗を招きます。
今、戦後教育の毒は、日本中にまわっている状態です。

日本を立ち直らせるためには、具体的な行動をしなければなりません。
黙っていたら、大きい声の意見が通る社会になってしまいます。
「日本が大嫌いな人の声」 が大きくなれば、日本が大嫌いな教育がされるのです。
「九条の会」 を教職員組合が支援しています。
教職員の推薦の問題もありました。
「公」 の立場にある人が、なぜ、平気で組合活動が出来るのか。

日本国民のために でなく、日本国憲法に準じている(権利を重んじる)からです。
だから、今の日本の状態(子が親を殺したり、突然他人を殺したり、盗んだり…)になる。
だから、漠然とした不安を感じる国民が増えることになるのです。
日本に誇りを持つ教育が行われていないからです。
国史を教えていないからです。

神代の昔から連綿と連なる平和と愛を重んじる国。
その成り立ち、素晴らしさを教えることをしない教育。
時代が変わっても、どんなに政権が変わっても、どんな危機的な状況になって在り続ける天皇。
時代が変わっても変わらない存在を擁している国。
こんな国は、他にはありません。
日本は素晴らしい国という(国史)教育が必要なのではないでしょうか。


(おわり)

※第二部に続く。


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コメント 5

元気

(コメント欄で追加記述しておきます)

遠藤氏が日教組西宮支部の不正を追求し、その言動により逮捕されたことも講演で触れました。
「言ったこと、追求したことは事実」
「発言に対して、謝罪もした」
ゆえに、西宮教職員組合を刑事告発すると言われていました。

今年は、皇紀2669年にあたる。
皇室は、連綿と続いている世界を見渡しても稀有な存在。
(皇室典範についても少しだけ触れられていました)

国語を教えているのであって、国史を教えているのではない。
さらには、政治的なことも全く教えていない。
けれど、連綿と流れる精神は迸るものとして、生徒にも伝わっている気がする。
国語とは、日本語とはそういうものなのかもしれない。
何も教えてはいない。けれど、自ら調べる姿勢に繋がるのかもしれない。
最近、生徒が日本の歴史について興味を持ち、自ら調べていることを知った。
(と、とても嬉しそうに語られていました)

   -----------------------------------------------------

私は、皇室典範も知らないし、天皇の存在は象徴として知っているだけで、
その存在の意義や重みを深く考えたことがありませんでした。
昔、父が、皇室について天皇について尊い存在として熱く(!)語ったことがありました。(私が小学生くらいの頃です)
「その存在自体がスゴイのだ」 みたいなことでした。
私は、漠然と学校で象徴として学び、東京裁判でも処刑されることなく、戦争責任も取っていないと考えていました。
(それが戦後教育だったのかも知れませんね)
日本が悪い戦争をしたのは、最高権力者としての天皇が悪かったから。
その責任も取らず、象徴というワケの分からない存在として税金で生活費を捻出されている。
政治でも悪いことをしても上になるほど責任を取らないという慣習の諸悪の根源は天皇ではないか。
そのように考えて、父に反発した記憶があります。
全く、天皇や皇族の方々が尊い存在などとは思っていませんでした。

大人になっても、天皇や皇室の存在を深く考えたこともありませんでした。
目からウロコなどというものではなく、目隠しをされて誘導されて歩いていた気がしています。
誰かと天皇や皇室について深く話すという機会もありませんでした。
それは、小学校で習った象徴としての存在という知識しか持っていないからです。(習わないです)
皇室典範。何ですか、それ? です。
女系天皇も何も何が問題かも、未だによくは分かっておりません。
(これから調べたいと思います)
日本書記は、皇室が自らの権力の正当性を裏付けるために偽造したものという意識を漠然と持っていました。
皇室について、知らなくても恥ずかしいと思ったこともなく、
黙っていれば、知らないことすら分かりませんから恥ずかしいことでもなかったのです。
無知であることを怖ろしいとか恥ずかしいとも思わずに済んでいたのです。
反対に、皇室について熱く語る人は「右翼」「偏った人」 と思ってました。
神前結婚をして、神棚のある家に嫁いでさえこの有様なのです。
毎朝、神棚に手を合わせていても、この有様なのです。

ずっと、国民主権だから、国をどうするかは、国民が考えるのだと思っていました。
ところが、国民主権という考え自体が?であること。
この決起集会に出て、初めて目が開いた気がしています。
国、将来を危うくすること。
今は、ほんの少しだけですが分かった気がしています。
国體について、天皇について、大日本帝国憲法について。
今さらですが、勉強する必要を感じています。
それが日本の土台であり、屋台骨であると、今は感じています。
それは右翼であるとか偏っているとかでなく、自分のアイデンティティーであり、誇りを持って生きる上では、なくてはならないものなのだと、今は感じています。

by 元気 (2009-07-03 11:11) 

たいせい

 国体や皇室について考える際に明治以前の姿も同時に知ることが出来れば、当時の方達がどんな思いで明治以降の日本のしくみを作ったかが解り(明治期に新たに作られた人工的な物もあります)、国体や皇室についての本質がもっと理解できるのではないかと思い、少しずつですが勉強を進めています。
 まだ頭の中が纏まっておらず上手く伝えることが出来ませんが、明治期のみの囚われずに大きく日本史の中で国体や皇室を考えると、先人の知恵のあまりの深さに感銘を受けることもしばしばあります。

 なおご指摘の通り今の歴史認識は非常に歪んでおり、大正デモクラシーの伸びやかな空気の延長線上にも、日本型民主主義があったはずだと感じています。
by たいせい (2009-07-03 16:36) 

元気

たいせいさん、ナイスとコメントをありがとうございます。

>国体や皇室について考える際に明治以前の姿も同時に知ることが出来れば、当時の方達がどんな思いで明治以降の日本のしくみを作ったかが解り…

そうですね。
ゆえに、遠藤氏は、日本書記(古事記?)から国史を教えるべきだと主張されているようです。
「私」 が 「公」 を凌駕する思想。それが国民主権であり、民主主義だとも考えられます。
民主主義では、伝統をどうとらえるかがとても大切です。
今を生きている人だけによる多数決で政治が行われることの危険性を感じずにはいられません。
戦後、義務や責任よりも権利が重んじられる社会傾向にあります。
中間者としての自身を自覚し、先祖や子孫を重んじる思想。
それが、天皇主権の思想であるようです。
いわゆる八月革命で国民主権となったことが歪みの始まりであるとも考えられます。

憲法のこと、国体。政治も歴史も難しいです。
私など、門外漢。まったくの無知です。
ですが、無知を理由に逃れることは出来ません。

>国体や皇室についての本質がもっと理解できるのではないかと思い、少しずつですが勉強を進めています。

そうですね。
難しいからと簡単で耳障りの良い言葉に踊らされ、
国を破滅に導く片棒を担がされることも、黙って見ていることは出来ません。

民主主義では、少数意見は黙らせられ、沈黙は助長させます。
声高に権利(私益)を主張する声に、国体は蔑ろにされ、「公」を唱える声は、沈黙せざるをえない状況が作り出されつつあります。
とても危機的な状況です。
問題の根本、国体や天皇のこと、日本国憲法の正体について、
日本人は、あまりに知らず、知ろうとして来なかったことです。
(日教組の戦後教育の賜物ですね)
そのツケが一気に噴出し、大きな流れで民主党政権(国民主権、地方主権、外国人参政権…)が出来上がりそうです。
本当に、正念場です。
歴史の大きな転換期に生きていることを危機感を持って感じています。
一度民主党に… などという誘惑に屈したら…
将来に多大な禍根と取り返しのつかないアヤマチをするような杞憂を抱いています。
by 元気 (2009-07-03 17:03) 

genn

> 皇室について熱く語る人は「右翼」「偏った人」 
と同じように何気に思ってました。

昔そういう男がいて、そして内心はバカにしてたと思います
...情けない。

今は逆の立場です。 右翼で偏った奴だ、と、
そのようなレッテルを貼ろうとしている連中がまわりにいると感じます
…残念ながら。

> キリスト教圏の考えでは、「労働は罰」 と捉えているかもしれません。
> ところが、神道では、「労働は喜び」 です。
だからキリスト教圏の白人は奴隷を酷使し、自分たちは働かない。
Rich とは己では働かないですむ連中のことを意味した、と
どこかで読んだと記憶しています。

日本では真逆ですね。

それに今年も天皇陛下は "お田植え"をされました。
公務でも神事でもなく皇室の恒例行事だそうです。
自ら働き、農家と同じ苦労を経験なさる。

いつも国民を思ってくださっています。

by genn (2009-07-04 11:05) 

元気

gennさん、ナイスとコメントをありがとうございます。

朝鮮には、両班という特権階級がありました。

労働を忌み嫌う精神構造の事を両班精神、両班意識というそうです。
働かずに搾取することを当然とするなら、
在日の方で生活保護を受けながら働かない人々の存在。
日本人は搾取の対象だと思われているのかも知れませんね。
ゆえに働き者の日本人を低くみるのかも知れません。

ご参考:Wik 「両班」
(外国人文献に見る具体的な描写)
両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、妻がこっそり よその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけ かき集め引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。(イザベラ・バード『朝鮮紀行』より)

朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班のなかでもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。(マリ・ニコル・アントン・ダブリュイ『朝鮮事情』より)

まさに、日本は…
さらに、民主党政権になれば… (汗)

>公務でも神事でもなく皇室の恒例行事だそうです。
>自ら働き、農家と同じ苦労を経験なさる。
>いつも国民を思ってくださっています。

ありがたいことです。

by 元気 (2009-07-04 17:11) 

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