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「出土品から戦争語る」 からの考察 [日本の将来考]

前の記事で疑問に思ったことの続きの記事です。
『陸軍墓地が語る日本の戦争』 をアマゾンにて購入しました。
で、読ませていただきました。

日本の戦争.jpg

まず、この 「死者の認識票」 について。212枚というのは、212名ではありません。
この本で、江浦洋氏が記述されていることから明らかになったことは、次のとおりです。

○出土した認識票の人数は、102名。
 そのうち、英連邦戦没者墓地に埋葬されているのは、99名。
○99名は、死亡した捕虜収容所のエリア別に埋葬されている。
○認識票は、戦後、米軍によって、英軍の死亡者リストを元に、米軍の認識票の形式で製作した。
○認識票は、戦後、米軍によって、不燃ゴミ(ガラス瓶、陶磁器)とともにゴミ穴に埋められていた。
○認識票に記載された死亡年月日には、戦後の日付(昭和20年9月3日)もある。
○香港やジャワ島で捕虜となり、労働力として日本国内に移動させられた人々であった。
○日本各地の収容所で病気や作業中の事故などで死亡した人々であった。
○POW研究会の調べで明らかになった死因は、そのホームページで閲覧(PDF)が可能。
 (個人名が明らかなことから、私が確認できたのは、ハロルド・W・カットブッシュ氏だけです)

ちなみに、「ジュリアの父」 である、イギリス陸軍砲兵 ハロルド・W・カットブッシュ少佐の死因は、急性大腸炎です。

死因.JPG

さらに、本を読んで明らかになったこと。

◎99名の英国人捕虜の死因は様々ですが、少なくとも虐殺とはいえない。
◎認識票は、虐殺の証ではない。(日本軍によって死に至らしめられたのではない)
◎死亡した国で手厚く葬られるのがイギリス流儀。
  横浜市の英連邦戦死者墓地は、芝生の刈り込みも頻繁で墓碑が磨かれ、
  常に美しく維持管理がなされている。

英連邦戦死者墓地
http://star.freespace.jp/evergreen2/kouen1/eirenpou/eirenpou01.html

本当に美しい。
横浜に行った折には、私もこの墓地に足を運ぼうと思います。(合掌)



     [かわいい]   [かわいい]   [かわいい]

この本を購入して、新たに分かったことがあります。
陸軍墓地という場所があることです。
明治以後、国民皆兵制によって徴兵された人々が眠る場所です。
そこでは、捕虜であった外国人と日本人の墓柱がひしめきあって並んでいます。
そして、戦後は、共に荒れ果て朽ちているようです。
旧真田山陸軍墓地は、大阪市の天王寺区。
地下鉄玉造駅から徒歩1分の場所にあるそうです。

旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会
http://www.jttk.zaq.ne.jp/bacas400/sanaboti/

英連邦戦死者墓地との扱いの違い。あまりに違います。
同じ日本人に、存在さえも知られていないのです。
墓柱には、乱暴に墓標の一部がセメントで塗りつぶされているものがあるようです。
かつてはあった、「(俘虜)捕虜」 の文字は、
それが屈辱を表わす言葉だからと塗りつぶされているそうです。
日本人も外国人も… 墓柱がポロポロと朽ちている写真を見ると哀しくなります。
日本の繁栄の陰で、忘れられていった人々。

英連邦戦死者墓地とは、明と暗です。 
それは、戦勝国と敗戦国の違いなのでしょうか。

英連邦戦死者墓地は、エリザベス女王をはじめ、故ダイアナ妃、サッチャー元首相など英国要人の来日時には必ず墓参に訪れる場所です。

この違いは、戦後の日本人の心のあり方の違いであるように思います。
戦後、日本は他国を侵略した悪い国だという考え方。
靖国神社さえ、首相が参拝すると問題になる国だからです。

いったい、誰が、この墓を守るというのでしょうか。
日本人以外に、靖国神社を含めて、陸軍墓地を守る者はいないはずです。

近いうちに、旧真田山陸軍墓地に行きたいと思います。(合掌)
  

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